大寧護国禅寺

長門豊川稲荷勧請六十五周年大祈祷祭

 長門豊川稲荷は昭和三十六年(一九六一)愛知県豊川稲荷のご分霊を勧請し、創建しました。それには次のような不思議な因縁がありました。
幕末の文久三年(一八六三)朝廷との対立から七人の公卿が長州に逃れてきました(七卿落ち)。
 その中の三条実美きうんたいじょう卿を手厚く保護したのが、 大寧寺四十五世簣運泰成きうんたいじょう禅師でした。維新後、長州藩では兵制改革をきっかけに反乱事件が起き、その主謀者らの大量処刑があった際、 助命運動に尽力した簣運泰成禅師は、国事犯とされ、妙厳寺(豊川稲荷)に身を寄せました。そのころ起こったのが政府の神仏分離令による豊川稲荷つぶしです。 そこで簣運泰成禅師は妙厳寺の住職と共に政府に救済を求めました。新政府の要職に、三条実美卿や多くの長州人がいたことで、豊川稲荷はその危機を救われました。 このような奇縁で稲荷をこの寺に迎えることができました。

   日 程:令和七年六月二十日 午前十時~  大祈祷祭・表彰式
   場 所:長門豊川稲荷 本殿

  大寧護国禅寺 住職 岩田啓靖
  長門豊川稲荷奉讃会 会長 伊藤孝身